7、同じ思い
2-7の教室を出て、健一は三階へ上がった。
三階の廊下の窓から、下を除いてみた。
一年生がボールや、ボールケースを部室に運んでいる。
体育館の前では、二人の一年生がモップを洗っている。
大変で面倒な仕事は全部一年生の役目。
一年ってある意味、大変な時期かもしれない。
モップを洗う一年生の後ろで、小田高の主力を担っている二年生が、体育館の入口の階段に座り、アイシングをしていた。
あいつ怪我してたんだ……
まだ、始まったばっかだから、無理しすぎなきゃいいけど…。
スタメンなんだから…。
三年になって、真央とはクラスが離れ離れになった。
この二年間で、健一は、真央の恋愛対象ではなく、『仲の良い友達』の中の一人ということが、はっきりした。
健一は、違うクラスにいる真央の様子が、気になって、気になって、仕方なかった。
誰と一緒にいんのかな?
どうせ遥といるんだろうけど…。
そして、気になってならないのは、真央と達也が一緒のクラスということだ。
健一は、真央の教室を通るたび、何度も中の様子を伺った。
昼休みは、なにか大事な話しでもしているのか、クラスの女の子たちと、深刻そうな顔でしゃべってる。
10分休みは、何を話しているかは、わからないが、達也と楽しそうに話していた。
達也め…俺の気も知らないで……。
健一は、達也と真央の様子が気になりながらも、自分の教室にとぼとぼ戻った。
久しぶりに部活がオフになった。
さすがにコーチも皆の疲労を考慮してくれたみたいだ。関東大会予選を二ヶ月前に控え、小田高の男バスは、ラン強化週間に入っていた。
大体、昨日の練習後の坂ダッシュ20本て……殺人的だ。
健一は、筋肉痛でガクガクする足で、百段坂を下っていった。
二月の百段坂は、冷たい風がびゅんびゅん吹いていた。
健一は、マフラーを顎まで上げて、ポケットに手をつっこみ、背中を丸めて階段を下った。
百段坂の真ん中くらいまで来ると、後から誰かの足音が追って来るのを感じた。
健一は、くるりと振り返った。
「ちっ、見つかったかぁ~」
階段を駆け降りていた真央が、ピタッと止まった。
「もっと、そっと下りてこいよ。かなり足音聞こえてたから。」
「今度から気をつけるね」
真央は憎めない笑顔で笑っている。
「友紀は?」
「あぁー、祐樹くんと帰ってる」
真央の表情が少し曇った。真央も境遇は、健一と同じ。
自分に彼氏、彼女がいない『寂しさ』を抱えているんだろう。
「ふぅーん」
健一はポケットに手を突っ込み、俯き加減に言った。
でも、俺の場合は達也がいるから、まだマシかぁ…。
達也と真央が付き合い始めたら、マジへこむ…。
「新しいクラスはどう?」
百段坂を下り終わったとき、真央が明るい調子で言った。
「まあまあかな~。そっちは?」
「遥もいるし、達也君もいるから中々楽しいよ」
「ふぅーん」
達也は、冗談がうまいし、明るくて、ムードメーカーだから一緒にいて楽しいのは、事実だろう。
「今日、部活ないの?」
「あぁ…今週ラン強化週間で、今日だけオフなの。マジ死んでるから」
「歩き方見ればわかるよ。坂ダッシュでしょ?」
「マジ死んだから、あれは…。練習後やるんだよ…。キツイって」
「男バスも頑張ってるなぁ…。関東予選で県8までいけそう?」
「行けると思うよ。てか行くし。」
「スタートは?」
「ん~…俺は、まだギリギリのとこだよ。でも、今のままじゃダメかな~。どっちがいいか試されてるけど…。そっちはどうなの?」
「なにが?」
「スタメンの話し」
「うーん。同じ境遇かな。」
真央は、下を向いた。
「そっかぁー。きつい立場だよな俺ら…」
健一は、空につぶやくように言った。
「関東予選でスタメンじゃなかったらきついなぁ…。だって関東が終わったら、すぐインターハイ予選が始まるじゃん」
関東予選の一ヶ月後には、引退の二文字が付きまとうインターハイ予選が始まる。
「今、1番頑張んなきゃいけない時期だよね…」
「うん…。だってさぁ、最後の試合だし、せっかくだから、スタートで出たいじゃん。一分でも長くコートに立ちたい」
真央は、ずっと前から、スタメンにこだわっていた。
スタメンは、ベストメンバー。
誰でもこだわるところだ。
立場が似てるから、真央にはぶっちゃけた話が、しやすい。
「俺も嫌だ。こんなこと言うのも、どうかと思うけどさぁー、俺、今度、試合に出れなかったら、試合に勝っても、きっと素直に喜べないや」
この前の試合、健一の出番はたった三分だけだった。
「その気持ち…、すんごくよくわかる。健一君だから言えるけど…。他の人には下手にそんな事、言えないよね」
「言えない、言えない。」
もちろん。チームが勝てばそれでいいのかもしれない。でも、それじゃあ、割り切れない思いがある。
「絶対、インターハイ予選まで頑張ろうね。私、絶対応援行くから!健一君も来てよ。」
「行くに決まってんじゃん」
「絶対、インターハイ予選で、試合に出てる姿見せるから!」
「俺も絶対、スタメンは無理でも、試合には出る」
「約束ね!」
「おぅ、頑張ろうぜ!」
この時、やけに二人とも士気が上がっていた。
健一はポケットから手を出し、真央前に伸ばした。
真央が、健一の手を叩いた。
『パチッ』
二人のハイタッチが力強い音を立てて決まった。
俺が応援しないわけないだろ。
いつも、応援してるんだから…。