10、12個の季節、4度目の春
その日の夜。
健一は『12個の季節、4度目の春』を部屋で聞きながら、机に座り、メールを打っていた。
屋上で真央に告白したかった。
でも、いざとなると、どう切り出していいのかわからない。
健一は、何度も携帯のクリアボタンを押していた。
「『こんばんは』っいや変変。『やあ』かなり不自然。『久しぶり』いや今日会った。『よっ』…ん…まぁこんな感じだべ…。『あと一週間で卒業式だね。卒業はやっぱ、嫌だねぇ~、寂しいよ。去年の卒業式はマジ感動したよね。泣きながら答辞読んでたじゃん。あれには感動したなぁ…。あれでみんなやられてたよね。今年は遥が答辞読むんだよな…。あいつ泣くかなぁ……あいつが泣いたとこなんて見た事ないや。でさぁ……なにが言いたいかと言いますと…』」
前置き長っ…!
健一は初めから書き直した。
『よっ!あと一週間で卒業式だね。それでさぁ屋上から夕日見てみたいって言ってたじゃん。俺も見てみたいんだよね。卒業式の予行が終わった後、一緒に見に行かない?ちょっと話したいこともあるし…』
健一は『ちょっと話したいこともあるし…』の部分をすぐに消した。
「今さらなに?って感じだよなぁ…」
しばらく健一と携帯のにらめっこが続いた。
告白したくても、真央のあの言葉たちが、健一の胸に引っ掛かる。
『私たちが付き合うなんて変だし、ま・ずないよね』
『健一君みたいに友達として好きだったっていう人はいるけど…』
俺の気持ちを知ったら、あいつ、俺に気を使うよな…。
『友達』だから、あいつは気軽に俺と喋れるわけで…。
真央に伝えたい。
でも……失いたくないものもあった。
健一は、ベットに携帯を放り投げた。
そして、ベットに倒れ込んだ。
いくら考えても結論なんて、でなかった。
あいつは、何にもわかってない……。
今、俺がこんなに悩んでることだって……。
今更…、
今更、俺は…一人でなにやってんだ……。
健一は携帯を指先でカチカチ叩いた。
「『告白なんてできないよ…。このまま友達で良い……』かぁ…」
真央宛の未送信メールを開いた。
健一は送信ボタンに手をあてた。
健一は、静かに目を閉じた。
健一は、屋上で、夕焼け空を見上げた。
まるで、昨日のことのよう…。
昼間ほどではないが、まだ蝉が何匹か鳴いていた。
体育館からは、まだボールの音が、響いている。
空が、あの日と同じように赤く燃え上がっている。
あの日と同じように…。
切ない空…。
卒業式の前日、夕暮れの屋上で、健一はひとり、夕焼け空を見上げていた。
携帯を片手に握って…。
空を見上げ、健一は、三年間を振り返った。
一年の時、桜の下で見た、真央の笑顔。
初ゲームの時、立ち上がって、応援していた真央。
駅のホームで、ちらつく真央の横顔。
朝、真央と一緒に百段坂を上ったこと。
廊下の隅で『まずない』と言われたこと。
イニシャルを見て、必死に否定している真央。
強がってる真央。
泣いてる真央。
笑っている真央…。
『もうすぐ卒業だね…』と言った、
真央の寂しげな顔…。
気付けば……
三年間……
一瞬で、駆け抜けていた…
健一は、誰もいない屋上を見渡した。
誰もいない…。
『卒業しても、みんなでまた会おうね。私、バスケ部のみんなが1番好きだな。』
健一は、真央の言葉を思い出した。
下から、下校する生徒たちの話し声が聞こえてくる。
見上げた空は、赤く燃え上がっていた…。
空の炎は、屋上を温めてはくれない。
まだ肌寒い三月の屋上…。
そっと、風が吹いて、
健一の髪を揺らした。
入学式の日に感じた、あの春の風に少し似ていた…。
もう、三月かぁ……。
もうすぐ…桜が咲く…。
健一は、少し笑顔になった。
健一は、未送信メールを開いた。
そして…、削除した…。
卒業式を迎えた。遥の答辞は感動を呼んだ。健一は遥は泣かないと思っていたけど、やっぱり遥は泣かなかった。
健一もみんなの前では泣いたことがない。
でも、遥が話す部活の思い出のところで、健一の目頭が熱くなった。
その時、高校生活で、『部活』がとても大切なものだった事に気付いた。
部活の後輩たちが、開く会の後に、女バスと合同の写真撮影がある。
健一は、まず真央を探した。
真央と『二人』で写真が取りたかった。
でも真央は、男バス、女バスの一年生や二年生に囲まれ、芸能人になったみたいに、フラッシュの嵐を浴びている。
きっと後輩からは1番人気だろう。
あいつは本当にみんなに好かれる。
健一は、それが、少し嫌だったけど、
そこが好きだった。
一年、二年が去った後、健一は素早く真央に声をかけた。
「一緒写真とろうぜ」
「撮ろ撮ろ、達也くんと祐樹くんも」
健一は、近くに達也や祐樹がいるのに気付かなかった。
…まぁっ、いっかぁ……。
健一は、真央の横に並んで、真央の肩に手を伸ばし、真央と肩を組んだ。
お互い顔を見合わせて笑った。
最後に男バス、女バスみんなで集合写真を撮る。
男バスも女バスもゴッチャ混ぜに並んだ。
健一と達也と祐樹は、真央と遥と友紀の近くに行った。
人数が少ない分、お互いが協力し、男女、両方とも優勝できた。
こんなに仲の良い部はないと思う。
一生の仲間達だ。
そう思えた。
前で、遥と友紀に挟まれて座っている真央を見た。
なんだか真央の様子がおかしい。
下を向き、遥と友紀に支えられている。
「どうした?」
遥が真央に聞く。
「真央、泣いてるの?」
友紀が真央の顔を覗く。
「……」
真央は下を向いたままだ。
「真央、泣いてんのかよ」
達也が茶化すように言った。
「写真とれないでしょ。前向いて。いつもの笑顔はどうしたの!」
遥に言われるがまま、ひっくひっくいいながら、真央は顔を上げた。
目には涙がいっぱい溜まっていた。
真央はいつもの笑顔を必死に作って、前を向いた。
「もうっ。私も泣けて来ちゃったじゃん。」
友紀が泣き出した。
「友紀もっ!!もう、二人とも……。」
遥が少し下を向いた。
「はい、撮るよ。笑って笑って。」
友紀も、遥も、真央も、顔を上げた。
三人とも泣き笑いだった。
そんな三人を見て、健一も前を向いた。
みんなありがとう。
絶対に忘れないから。
一生の仲間だよな?
真央…、俺達みんな仲間だから…。
またみんなで会おうな。
また、会える日を…。
楽しみにしてる…。
これからもよろしく…。
「はいチーズ」
カメラのシャッターが下りた。
この写真は健一の机の上に大切に飾ってある。
祐樹、真央、健一、達也、
健一と真央が肩を組んでいる写真と並んで…。
ボールの音が、体育館から聞こえなくなった。
蝉の鳴き声も小さくなっている。
健一は立ち上がった。
もう完全に日は落ちて、暗くなり始めていた。
健一を探す達也の声が聞こえてきた。
「健一どこ行ったんだよー。聞こえたら返事しろ!」
健一は屋上から顔を出した。
「そんなとこで何してんだよ」
達也は呆れた声で言った。
「早く帰るベ」
祐樹が疲れ切った声で言った。
「悪い、すぐ行く!」
健一は、走って屋上の入口へ向かった。
ドアに手をあて、もう一度誰もいない屋上を見渡した。
もう、ここに来ることはないだろう。
もうすぐ、この校舎は、新校舎建設のため、取り壊されてしまう。
でもこの校舎は、健一の心の中にいつまでも残る…。
この校舎で過ごした、青春の日々と共に…。
一瞬、永遠、未来へと…
心の中に…、
ずっと残り続ける…。
健一は、屋上から出て行った。
階段を一段飛ばしで、駆け降りて行く。
「カチャ」
後で、屋上のドアが、そっと閉まった。
健一は、少し振り返りそうになった。
おわり